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88歳 衰えぬ熱唱「大阪ミュージックフェスト」阿倍野キューズモール(7月2日) (前回からの続き)オペラ歌手を目指してイタリアに憧れ、長年夢を描き続けたイタリア留学、その実現を目指して奔走した日々、1970年(昭和45年)イタリア・ミラノの高名なバリトン歌手ドメニコ・マラテスタ氏から喜びの留学身元引受書が届いた。だが喜びとは裏腹に身元引受書を手にしたとき、それは大きな不安と大きな恐怖心となった。日本で出来ない高音が、言葉の分からないイタリアで、中学校教師を退職して、新婚早々だった私は、周囲からは何で今更と、そんな苦悩の日々 「人生に悔いを残さない」 妻の一言で、清水の舞台から飛び降りる覚悟が出来た。
未だ外貨が自由化していない1ドル360円(買いは362円)時代、東京銀行から留学生外貨枠を得て、妻と二人で「人生の全てを賭けて」横浜港からソ連貨客船でナホトカ港に、シベリア鉄道、プロペラ機と乗り継いでモスクワに、モスクワからウイーンを経由して一週間を掛けて憧れの地、ミラノに到着した。
アパートに落ち着いて見回した街は、歴史に培われた芸術の都で、ゴシック建築の最高傑作ドゥオーモや数々の歴史的遺産、オペラの殿堂スカラ国立歌劇場など、そのスケールの大きさに度肝を抜かれた。イタリアで起こるべくして生まれたオペラ芸術を、この街に住んで学べる幸せに胸が大きく膨らんだ。(次回に続く)
田中公道・テノール
(Kohdo Tanaka)
2024年 世界を駆ける87歳のオペラ歌手テノールリサイタルを帝国ホテル大阪や米子市公会堂など12都市で40回開催後8月から23回目の南米公演ツアー開催。
中国全土の主要大学を延べ70大学、16芸術団で1,247人の教師と学生の声楽指導で22大学から名誉教授、客座教授の聘書を受ける。
中日文化交流国際賞、邯鄲市文化大使、ブラジル/カルロス・ゴメス・メダル章、カンピーナス市議会・文化功労賞、サンパウロ州 立法議会・文化章、ブラジル―日本移民110周年・笠戸丸章、石見銀山文化賞、外務大臣表彰など99回の受賞歴。
海外イヴェント1,095回、内外で約2,650回の公演数を重ねる。
「田中公道テノールリサイタル」
9月21日、和泉市久保惣記念美術館 久保惣Eiホールでミュージアムコンサート オペラ歌手デビュー65周年・88歳テノールが歌う〝愛〟「田中公道テノールリサイタル」(ピアノ 木野八千代)が開催される。オペラ「西部の娘」〝やがて来る自由の日〟/プッチーニ、オペラ「アルルの女」〝ありふれた話~フェデリーコの嘆き〟/チレア、ドニーダアル・ディ・ラ/タッカーニなどの名曲を演奏予定。
和泉市久保惣市民ホール(Eiホール・美術館敷地内・和泉市内田町3丁目6―2・泉北高速鉄道「和泉中央」駅よりバス約10分)、13時30分開場、14時開演。要整理券(13時30分から新館で配付・先着120人で入場制限・自由席)。コンサートは、当日美術館に入館された方はどなたでも入場できます。就学前のお子様はご遠慮ください。問合せ 和泉市久保惣記念美術館(0725―54―0001)https://www.ikm-art.jp
堺 アルフォンス・ミュシャ館では、特別展 「ミュシャと夢二 STYLE of BEAUTY」を開催中。
同展では、アール・ヌーヴォーを代表する芸術家アルフォンス・ミュシャ(1860―1939)と大正浪漫を体現させた竹久夢二(1884―1934)のふたりの作品を象徴する「女性像」に光をあて、比較しながらそれぞれの美の表現にせまる。優雅に自然と融け合う「ミュシャ・スタイル」の女性像と、日常の瞬間をみずみずしく捉えた「夢二式美人」の女性像は現代でも人々に愛され続けている。
夢二郷土美術館(岡山市)からの特別出品により実現したかつてない共演で、それぞれの美のスタイルの特徴が浮かびあがり、響きあうことを感じることができる機会となっている。11月30日㈰まで。
堺アルフォンス・ミュシャ館
堺区田出井町1―2―200
ベルマージュ堺弐番館
(堺市駅前)
9時30分~17時15分(入館は16時30分まで)
TEL
072―222―5533
観覧料 一般900円、高校・大学生550円、小・中学生150円
休館日 月曜日・休日の翌日(9月16日・24日)
※9月15日・22日・23日、10月13日、11月3日・24日は開館
https://mucha.sakai-bunshin.com

休む力が、明日の力に
立秋を迎え、今年の酷暑をなんとか乗り切ったとはいえ、油断は禁物です。まだまだ、こまめな水分補給を心がけ、元気な秋を迎える備えをしたい。歩くスピードを落とし、汗をかいたら涼しい場所で休む―そんな小さな工夫が、体を守ります。
姿勢もまた健康の源。スピードもパワーも、まずは姿勢から生まれる。猫背になっていると感じたら、それは疲れのサイン。背筋を伸ばし、ピンとした姿勢を意識しよう。
健康な体づくりの三本柱は「栄養・運動・休養」。日本のカレンダーでは日曜は週の終わりに位置づけられるが、西洋では週の始まりです。つまり、まず休んでから働く文化である。統計によれば、日本人の約7割が日常的に疲労感を抱えているという。この疲労を放置すれば、不調や病気を招きかねない。
そこで大切なのが「休養学」の3要素だ。①「体の休養」とは、30分程度の軽い散歩などの有酸素運動に加え、しっかり休むこと、そして栄養のある食事を取ることを指す。②「心の休養」は、映画や音楽で感動したり、趣味を楽しむ時間を持つことだ。さらに、③「社会的休養」は、旅や日常と異なる環境への身の置き換え、知人や友人との交流など、気分を切り替える活動を意味する。
心・体・社会の3つの休養がそろってこそ、明日への活力となる。
そして「笑い」も大切な休養のひとつだ。笑うことで免疫力が高まり、脳は「楽しい出来事があった」と認識し、幸せホルモンを分泌する。面白くなくても「ハハハ」「ホホホ」と声に出してみよう。一回笑えば一日若返る―笑顔は千両、今日元気、明日も元気。秋空の下、笑って元気を出していきたい。
小野田隆
広島大学卒の団塊世代、岡山県瀬戸内市出身、上地流空手2段、認知症予防体操と笑いヨガを普及中、高齢者施設で健康講座を講演中。
古くて、懐かしいという思い出が、私の脳裏によほど有る年になった。堺灯台も、子どもの頃の記憶では砂浜の真中にポツンと建っていた記憶が有りました。
が、海から離れた場所に移され、忘れた頃に今の灯台が、建て直された型で阪神高速道路湾岸線の橋梁の下に設置されました。日本最古の木造灯台として、堺の観光に必ずといって良いほど紹介されています。灯台の中には入れません。設置当時、公開された時、灯台の中を見ましたが何も有りませんでした。外見の六角形と、戸や窓が優美です。夕日の時刻、美しいシルエットになります。堺生まれ堺育ちの私。いろいろな町に住みたいという思いは叶わなかったが、堺という町はよく知ることが出来ました。仁徳陵をはじめ多くの史跡、公園、海、神社、寺、公園、建物、今は、運転が慎重になり、出かけなくなったが、若い頃は随分、あちらこちらをスケッチに行ったものです。他とくらべようが有りませんが良い町です。古い物を描くと、頭の中は走馬灯のように思い出が駆け巡ります。思い出すのはいい事ばかり――かな?
筆者は本年8月7日夕方、大おお和やまと神社(奈良県天理市)境内祖霊社での「戦艦大和みたま祭」に参列した。80年前の昭和20年(1945)4月6日、戦艦「大和」以下10隻の第一遊撃部隊が沖縄へ向け出撃したが、翌日「大和」以下6隻が撃沈され作戦は中断された。大和神社が「大和」艦内神社の分霊元であった(本連載第84回参照)所縁から、氏子祖霊(創祀以来地元で神社を支えた先人)を祭神とする祖霊社に昭和28年、「大和」が撃沈された際の戦没将士が合祀されて以来の祭典である。
大東亜戦争における沖縄戦(昭和20年4月~6月)について、しばしば「沖縄は見捨てられた」と表現されるが、沖縄戦で戦死したのは沖縄県出身者だけではない。この「大和」だけでも3000名以上、艦隊全体では4000名以上が戦死している。
各道府県メインの護国神社ともいえる全國護國神社會所属52社の祭神は、基本的に幕末以来の地元出身殉難者・戦没者等である。その中で沖縄県護国神社(那覇市)だけは特別に、「日清日露戦争以降、先の大戦で国難に殉ぜられた沖縄県出身の軍人軍属を始め沖縄戦にて散華された一般住民の尊い御霊」に「北海道から鹿児島までの本土出身軍人軍属で沖縄戦戦没者」を合わせて計17万7913柱が祀られている(公式サイトより)。すなわち沖縄県出身でない沖縄戦戦没者も含まれており、最多となる北海道出身は10090柱に上り、大阪府出身も2202柱を数える。
沖縄県護国神社では、沖縄戦80年にあたる本年も、「慰霊の日」6月23日に「沖縄戦全戦没者慰霊祭」が斎行され、筆者はこちらも参列した。沖縄では同時間帯に摩文仁(糸満市)の平和祈念公園にて、県と県議会主催で「戦後80年沖縄全戦没者追悼式」が開催された。追悼式には平成2年(1990)以降、コロナ下を除いて現職首相が参列し、メディアでも大々的に報道される。
沖縄県護国神社が創建されたのは昭和11年だが、当地では明治39年(1906)から県出身戦没者の招魂祭が行われており(往時は県主催)、摩文仁よりも50年以上長く戦没者と向き合ってきた。自分が戦死した場合そのように祀られる想定で戦地に赴いた陸海軍将兵に思いを致せば、公的行事において、神道式の祭典を現行憲法の定める「政教分離」違反の宗教行事として殊更に避けようとする戦後の風潮には違和感を覚える。