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88歳 堺在住 オペラ歌手

『遥かなる道~夢見た世界』⑵

田 中 公 道

力強い歌唱力で会場を魅了する「グラナダ音楽フェスティヴァル」5月4日、大阪・南港サンセットホール力強い歌唱力で会場を魅了する「グラナダ音楽フェスティヴァル」5月4日、大阪・南港サンセットホール

(前回からの続き)島根大学教育学部特設音楽科を卒業後もオペラ歌手の夢を追って川崎市と尼崎市の教員採用試験を受けた。 高度経済成長で人口流入が著しく大幅に教員不足を来していた尼崎市から即答を求めた教員採用通知で1962年(昭和37年)、尼崎市立大庄西中学校に奉職した。
  中学校では学級担任や吹奏楽クラブに精を出し、可能性を一杯に秘めた子供たちと多忙な日々を情熱的に過ごしていた。 だが夜一人になったとき「療養中に感激したあの高音が頭を過る」 苦悩の日々が私を悩ませた。 意を決し当時あった宿直を一手に引き受けて夜間に音楽教室で練習に励み、その宿直手当でレッスンに通い、NHK毎日音楽コンクール(現日本音楽コンクール)と日伊声楽コンコルソ(東京)に挑戦して経験を積んだ。
  音楽コンクールは能力不足と精神的な弱さから上位入賞を逸したが、この教職時代は私の人生に掛け替えのない日々となった。
  1968年(昭和43年)、ブルガリアのソフィアで開催された「第九回世界青年学生平和友好祭」声楽部門で、西日本代表として派遣されるチャンスが訪れた。東京の外務省にパスポートを申請して30日後に取得したその足で新潟市に、新潟港から臨時便のソ連貨客船でナホトカ港に、列車でハバロフスク、巨大なプロペラ機でモスクワに、そしてブルガリアのソフィアに到着した。
  初めて見る異国の人々、シベリア上空から見る緑の大地と不思議な蛇行の川々、目まぐるしく変わる時差、その全てが新鮮で、その驚きは私の心に強烈なインパクトとなった。
  世界104か国から集まった民族の祭典とパレード、多種多様な人種の民族美、固有な文化の華やかさ、整然とした都市美のソフィア、何もかもが目を見張る感激だった。ソフィアで開催された国際音楽コンクール、親善交流会やコンサート、ルーマニアのブカレスト、ブラショー、バカウ、イヤーシの各都市とソヴィエトはキエフ、ハリコフ、モスクワ、レニングラードなどへ親善コンサート、その一か月間に及ぶ旅は、私の夢と未来への大きな起爆剤となった。(次回へ続く)

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  今月2・3日、8~11日、石炭倉庫(大阪市港区波除6―5―18)で開催される音楽劇「大阪希望館」に田中公道氏が出演、慰問団歌手役として〝イヨマンテの夜〟(小関裕而 作曲)、〝異国の丘〟(吉田 正 作曲)を歌う。同劇の原作者である難波利三氏は田中氏の島根県立邇摩高等学校・商業科のクラスメイト。前売り3000円、チケットなど問合せは石炭倉庫(06―6581―0664)まで。
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田中公道・テノール
(Kohdo Tanaka)
  2024年 世界を駆ける87歳のオペラ歌手テノールリサイタルを帝国ホテル大阪や米子市公会堂など12都市で40回開催後8月から23回目の南米公演に出発。
  中国全土の主要大学を延べ70大学、16芸術団で1,247人の教師と学生の声楽指導で22大学から名誉教授、客座教授の聘書を受ける。中日文化交流国際賞、邯鄲市文化大使、中国国際声楽芸術研究学会副主席、イタリア芸術賞、マイアミ市長賞 PROCLAMATION、アスンシオン文化総局長賞、ブラジル/カルロス・ゴメス・メダル章、カンピーナス市議会・文化功労賞、サンパウロ州立法議会・文化章、ブラジル―日本移民110周年・笠戸丸章、石見銀山文化賞、外務大臣表彰など99回の受賞歴。海外イヴェント1,095回、内外で約2,650回の公演数を重ねる。サプリメントのテレビコマーシャル、ドキュメンタリー「オペラ歌手デビュー65周年、88歳テノール歌手の挑戦!」2023年から撮影中。



(一回笑うと一日若くなる)(70)
小野田 隆

認認知症ケア指導管理士

笑って防ごう、夏の脱水症―― こまめな水分補給で「今日も元気、明日も元気」
  気温の高い日が続くと心配になるのが、脱水症です。脱水症とは、体内から水分と塩分が失われた状態のこと。体の中に占める水分量は、子どもで約70%、成人で60%、そして60歳を過ぎると50%まで低下するといわれています。どの世代でも、体内の水分が10%以上失われると、めまいやけいれん、頭痛、嘔吐、こむら返りなど、さまざまな症状が現れます。
  特に高齢者は要注意です。年齢とともに汗腺の機能が衰え、汗をかきにくくなるうえに、喉の渇きや暑さを感じにくくなる傾向があります。これが脱水のリスクをさらに高めてしまいます。
  脱水のサインとしては、「急に体温が上がる」「体重が減る」「強い疲労感や倦怠感」などが挙げられます。また、「舌が乾いている」「唾液の分泌が減っている」「手が冷たく感じる」といった変化もチェックポイントになります。
  予防の基本は、汗をかく習慣を身につけること。適度な運動や入浴で汗をかくことで、体が暑さに慣れていきます(暑熱順化)。さらに、質の良い睡眠で自律神経を整えることも大切です。
  そして何より、こまめな水分補給を。理想は1日8回(起床時、朝食時、10時、昼食時、15時、夕食時、入浴前後、就寝前)に分けて水を飲むこと。喉が渇く前に飲むのがコツです。
  最近では、体の深部体温を測定できるウェアラブル端末も登場。体温が上がるとアラームで知らせてくれる優れものです。テクノロジーの力も借りながら、水分補給と適度な休息を忘れずに過ごしましょう。
  屋内でも油断せず、涼しい場所でゆっくりと。「今日も元気、明日も元気」のために、笑顔でこの夏を乗り切りましょう。
  今日も元気 明日も元気だ。天高し 笑って元気をだしましょう。笑顔千両 一回笑うと一日若くなる 「ホホハハハ ホホハハハ」
小野田隆
広島大学卒 岡山県瀬戸内市出身、ケアマネ、認知症指導管理士、兵庫県健康運動推進委員、上地流空手二段、元近畿大学社会学講師、ラフターヨガ普及中


“昭和の匂い”
堺 町並み スケッチ(302)
野 村 亜紀子

 南長尾町だと思います? 静かな住宅地、それぞれの家に生活が有る―そんな事を思いながらスケッチの場所を探す。路地をぬけた目の前に、片側だけに店がズラリ! しかも、ホルモン肉屋の看板が! 昼下がりの時間、店は仕込中、忙しそうにお店の人が出入り。若い頃、絵の仲間とホルモン屋に行った事が有る。店に入ると部屋の中なのに煙が漂い人が見えない。「どこのブイか聞かんと食べ!」…美味でしたよ。この店も夜は賑わい楽しい場でしょうね。斜向かいに大きな木と空地を見つけてスケッチ。景色の右側の商店は、店がまえがオシャレ、三軒有って新旧って感じが面白い。本日は昭和を絵にする。堺の街もかなり高層住宅が増えたが、少し街の端しっこの路地を巡ぐると、昭和の風景がわりに多く残っていて私の、うれしいスケッチ場となります。でも最近は暑さ寒さがこたえるし、歩き回る事がめんどうで疲れるし、気持に身体がついていかない現実に今を生きる事! 前向きに生きたい気持に、日夜もがいている毎日なのです。―愚痴ですね。明日は笑顔で過します。


第63回 具現展

油絵・水彩・きりえ

日時 8月12日㈫~17日㈰
9時30分~16時30分
場所 大阪市立美術館 天王寺ギャラリー
(天王寺公園内)
※美術館には駐車場がありません。天王寺公園地下駐車場を利用ください。
主催 具現美術協会
  本紙連載「堺町並みスケッチ」の野村亜紀子氏の作品も展示されます。


国防と神社(87)
駆逐艦「橘」沈没から80年

日本経済大学准教授 久野 潤

 筆者は本年7月12日、函館護國神社(函館市)での駆逐艦橘慰霊祭に初めて参列した。駆逐艦「橘」は戦時量産型駆逐艦として建造された「松」型21番艦だが、さらに船体の簡略化などを行ったため「橘」型とも称される。
  「橘」は昭和19年(1944)7月8日に横須賀海軍工廠で起工、同年10月14日進水の後、昭和20年1月20日に竣工。工程わずか6か月余りの急造艦であったが、12・7センチ高角砲3門(単装・連装各1基)そして25ミリ機銃24挺(3連装4基+単装12基)と、駆逐艦としては強力な対空兵装を備えていた。4月の戦艦「大和」以下第一遊撃部隊による沖縄水上特攻には航続力不足から参加せず、翌月に大湊警備府部隊(現青森県むつ市)に編入され、津軽海峡で対潜掃討任務に従事した。
  同年7月14日、マケイン中将(2008年アメリカ大統領選挙における共和党候補ジョン・マケインの祖父)率いる第38任務部隊の艦載機871機が北海道・東北地方に来襲。函館で出港準備中の「橘」も午前5時40分に対空戦闘を開始し、錨を切断して6時に緊急出港。しかし至近弾を受けて航行不能となり、次いでロケット弾10発が命中して急傾斜し沈没した。
  この様子を函館山の中腹から見ていた岡本杏一氏(故人)をはじめとする地元名士や元「橘」乗組生存者が中心となり、平成3年(1991)7月14日、函館山麓の函館護國神社に「帝国海軍駆逐艦橘鎮魂之碑」を建立。戦後メディアが偏った〝反戦〟思想のもと一般市民の被害ばかり強調するのに接した岡本氏には、函館を守るため戦った軍人のことも後世に伝えたい思いが強くあったという。同碑には、「単艦よく敵艦載機の襲撃を一手に引き受け、湾内湾外に勇戦奮闘し、在泊船舶の損害を最小限に食い止め其の任務を遂行した。敵機6機撃墜、1機撃破して午前6時53分葛登支灯台の90度2分3000mに沈んだ。乗組員280名中、戦死者140名、戦傷者31名」と刻まれている。本年の慰霊祭にも岡本氏の家族や元乗組員遺族などが参列し、函館地方隊友会の笹森時太郎会長の尽力により海上自衛隊艦艇での洋上追悼も実現した。
  各地に鎮座する護国神社で、実は艦艇個別の祭典は少ない。大阪護國神社(大阪市住之江区)では4月7日に戦艦「大和」の、青森縣護國神社(弘前市)では艦内神社分霊の所縁で6月29日に敷設艦「津軽」の慰霊祭が斎行されている。